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9月 18
“「時給1210円、1日5時間勤務のため、年収は80万円にしかならず生活保護を受けている」

 高松の集会ではこんな女性臨時教員の事例も報告された。時間単位の細切れで働く非常勤講師の時給には教材研究やテスト作りなどの分の給料は含まれない。県が雇うと時給2500円だが、市だと1000円台。そんな非常勤講師間の格差まで存在する。だが、こうした実情は世間にほとんど知られない。

 税金で運営されている公教育の現場で、なぜこんなに非正規形態の教師が増えているのか。

 理由の一つは、「定数崩し」や「総額裁量制」と呼ばれる制度の導入だ。教師の数には定数があり、それを超えると国庫負担の対象とならない。2000年代に相次ぎ制度が改正され、教師の数や給与の種類、額を自由に決められるようになった。その結果、正規教師1人分の給料で、より給料の安い非正規教師を2人、3人と雇うことが増えた。

 ただこれらの理由は、都道府県によって非正規教師の比率が大きく異なることの説明にはならない。沖縄(15.6%)や奈良(12.5%)、三重(13.1%)などが10%を超える一方、東京は1.4%にすぎない(定数に占める臨時的教員の割合)。

 首都圏では埼玉県が12%と、全国有数の高さだ。同県教育委員会は「教育には継続性が大事。正規教師を増やし、教育の質の向上を図っていきたい」とし、18年ごろまでに非正規比率を全国平均の8%まで落とす目標を掲げる。

 だが、埼玉県の小中学校だけで約5000人の非正規教師が働く。彼らが授ける教育の質が低いというなら、なぜこれほどの規模の教師を非正規という形で教壇に立たせるのか。その見識が今、あらためて問われている。”
生活保護受ける教師も… ブラック化する学校 〈東洋経済〉|dot.ドット 朝日新聞出版 (via morutan)

(nashi-kyoから)


おそらく一生忘れられない
両親のセクースの話で恐縮なんですが・。 20年くらい経った今でも、昨日のようの
ことに思い出します。

少学5年の夏休みが終わりの頃でした。 いつものように飯を食って風呂に入って
一旦寝たんですが、なんか夜中1時頃になっても寝つけませんでした。で、何か
食おうかなと思いつき、1階の居間に行くことにしました。

階段を降りかけたところで、両親の寝室のドアが5センチくらい開いていて、何やら
騒がしい(?)声が聞こえました。

俺は、既に何回も、声と気配を感じたり目撃していたため、ある意味(?)
慣れていました。 時には、部屋に帰ってオナーニのおかずにしていたので。(笑)

だからその時も、 「あ、またヤってるのかな。でもドアしめろよな~ !」と、半分ムカ
ツキながらも、いつものようにスケベ心がムクムクわいてきたので、抜き足差し足で
ドアの隙間に近寄り、息を潜めて、中のようすをうかがいました。

この日は、月の光がとても明るくて、部屋の中はわりと鮮明に見えました。

ベッドの上で、パジャマ姿の父が、あお向けに寝ている母に覆い被さるように
していました。 セクースする前かした後かはわかりませんが、抱き合っていました。
何故か母はすすり泣いていました。 そんな母を父は抱き、キスしたり頭を撫でながら、

「大丈夫や。 何も、心配すんな。○○(俺)も○○(妹)も、ええ子やから。」
「俺がついとるから、何も心配すんな。大丈夫、大丈夫。 愛してるから。待っとるから・・」
「心配すんな○○(母の名前) 愛しとる!俺がついとるから! 」 などと、大きな声で語り
かけていました。 

やたらと 「大丈夫」とか「心配すんな」を繰り返す父に、俺は何か、いつもと違う雰囲気を
感じていました。 なんか、切羽詰った雰囲気でした。

その後、母が半分叫ぶように、
「○ちゃん(父の名前)、私怖い・・!嫌や~。お願い、ずっと抱いてて!怖い!」と
言いました。そしたら父が、
「アホ!おまえがそんな弱気でどうする!絶対戻ってこような、大丈夫やから!」と
叫ぶように言い、なんか、父まで泣き声ぽくなってきて、二人で抱き合って大泣きし
はじめました。

俺は唖然としましたが、目が話せなくてそこから動きませんでした。

しばらくしたら、母の泣き声がなんか喘ぎ声ぽくなってきて、フッと見ると、いつの間にか
パジャマを脱いだ両親がヤってました。 父は何度も母の名前を呼び、今まで見た事も
ないような優しいしぐさと声で、母を愛撫していました。 母は喘いでいるだけでなく、
やっぱり泣きつづけていました。

「絶対直るから。絶対良くなるから。俺がついてるから! がんばって治そうな。
正月になったら、また○○(俺)と○○(妹)とお前で、グアムあたり行こうか!なぁ!」

と、父が母に語りかけました。

その時になって、俺は母が何か病気かケガをしていて、ちょっとヤバイ事になってる
のだということを、初めて知りました。母ちゃんヤバイんか? どんな病気なんや?
何なんだ一体!! と、激しく動転しましたが、俺は何故か一歩も動けず、声も出せ
ないまま、両親をそのまま見ていました。

そうこうしているうちに、母がいつのまにか父の上に乗り、腰を動かし始めました。
ふとんがほとんど剥がれていて、揺れるオパーイが月の光で丸見えでした。
母は泣いているようにも笑っているようにも見えました。

「○ちゃん(父)と結婚して、私とっても幸せや・・。」 みたいな事を、母は言いました。
何故かその言葉で、俺は、勃起しながら泣いてしまいました。
その後、どのくらいその場にいたか覚えてませんが、気付いたら俺は自分の布団で
泣いてました。 その夜は、結局一睡もせずに終わってしまいました。

その翌日、ばあちゃんが家にきました。 母は、「お母さんしばらく病院いくから、ばあちゃんに ご飯つくってもろてね。」みたいな事を、普通に明るく言い、病院に行きました。 
俺は、頭が真っ白になりました。妹は全然わからないみたいで、「いってらっしゃーい!」と
元気に送り出しました。 

母は、そのまま入院し、11月に亡くなりました。 末期の膵臓ガンでした。38歳でした。
父は、男手ひとつで俺と妹を育てあげ、妹を嫁に出した4年前、母のところに行きました。

俺は今、嫁さんとこの家に住んでます。 心なしか、両親の寝室(今はほとんど物置(?)
に行くと、嫁さんとケンカしていても、優しい気持ちになり、すぐに仲直りできる感じがします。
嫁さんもそう言ってます。

ある愛のものがたり - コピペ運動会 (via gkojax)

(tra249から)


9月 16

思ったより人は自分を見ていない

昔はコンプレックス(容姿も含めて)が多々有りましたが、ある時、叔父にこう言われて随分楽になりました。「お前、随分自意識過剰だな。誰もお前の事なんか見ちゃいないよ。安心して外歩け」。

外見に限らず内面にも言えることですが、誰かが自分の事をどう思っているか、どう評価しているかを考えても分かるはずが無いので、時間の無駄だなと僕は思うことにしています。

期待しない

このままの意味です。他人には期待しない。生きていれば必ず誰かと接触してなにか良い話(遊びであれビジネスであれ)が舞い込んでくるものですが、必ず良い方向に向くものでもありません。

舞い込んでくるものを拒むつもりはありませんが、特に大きな期待を人様にはしないようにしています。酸っぱい葡萄の論理に近いかもしれません。分かり合えるかどうかは決別してからでないと気が付かないものかも。

期待されていない

上と同じような意味ですが。よく何かに対してプレッシャーに感じたり、根拠のない義務感を感じることがあるのですが、思うほど自分は誰かに期待されてはいない事を忘れないようにしています。

期待に応えて得られる満足感は確かにありますが、同じ自己満足ならガッカリされる精神的リスクを負う必要はありませんよね。もしも、良い反応を貰ったら心の中で小さくガッツポーズです。

自惚れない

「期待されていない」と少し似た感情です。自分は特別な人間ではない事を常に自覚しておきます。自分が特別だと思ってしまうと僕の成長はおそらくここでストップします。ですので、これから先も僕が僕自身を認めることはあまり無さそうです。(全てではないですけど)

何事も上には上がいるものです。謙虚でも何でもなく、井の中の蛙にならないように自戒。

媚びない / 媚びられない

好みの問題なんですが、僕は媚びるのも媚びられるのも好きではなく、人とは同じ目線でいたいので、そういった人種とは距離が縮まることはありません。相手が自覚しているかどうかは別問題(大抵、本人は無自覚ですよね)で、僕にそう映れば距離を置くようにしています。

相手の欲求や欲望、意思、意向などに合わせないことで自分の軸がブレるのを防ぎます。

分かり合えないことを嘆かない

誰でも相性が合わない人は沢山います。「なんで分かってもらえないんだろう」と悩むのも「ああ馬鹿だからしょうが無い」と無理やり解決するのも僕にとって非常にストレスになるので、分かり合えないならそれはその人とは縁が無かったと思うようにして話しかけない様にしています。

育った環境が違えば仕方ないでしょうし、逆に分かり合えた時に奇跡を感じて楽しむほうが僕には向いているようです。

人生の成功=何か?を忘れない

よくブレるので。個人差があるので賛否分かれそうですが、頻繁に目にするのは「人生の成功」=お金を沢山稼ぐ、ビジネスが上手くいく、という分かりやすい図式ですが、僕にとっての人生の成功は望んだ環境の整った生活を得ることです。

もちろん、それを叶えるにはお金が沢山あったほうが手っ取り早いですので、沢山稼ぐことには賛成です。ただ、お金を得る代わりに望んだ環境を得られないのであればそれは僕にとって成功とは言えません。前職ではありがたい事に23歳から年収600万程にしてもらえましたが時給にすると馬鹿らしいほどサビ残な仕事でしたので辞めてから収入は下がっても望んだ生活には近づきました。収入のいいブラックほど抜け出しにくいかもですね・・

“誰かを嫌いになる暇があるほど人生は長くはない。”

これは有名な90歳のおばあちゃんの名言の一つですがとても同意。誰かに対して苦手、コミュニケーションを取りにくい、というのはありますけど、僕が誰かを嫌うことはまず有りません。貧乏性なのでそんな暇はないです(あまり誰かを好きになる事もないですけどw)。

挑戦する

常に新しいことを試して行きます。挑戦は自分のアドレナリンの放出を活発させる事を僕は理解していますので、挑戦する事は仮に失敗しても僕にとっては行動自体がプラスに働きます。単にミーハーなだけなのかもしれませんが。

人生はフェアではない

フェアでないのは当たり前なんですが、平均を重視する日本にいるとどうしても平等が当たり前のような錯覚に陥りそうになります。だから、身近な人が自分が望む物を得たら素直に祝福するし、興味がないなら見ないようにします。

もちろん、平均に近づけるような努力はしている心算ですけど。「人は人、自分は自分」。

感謝をする

何かあったとき、それが自分にとって(現時点では)マイナスでも感謝する点を見つけます。もちろん落ち込むことは落ち込みますが、よく考えたら自分にとってマイナスな事があったのに、更に落ち込むとか凄く勿体無いことですよね。

なので、無理やりプラスになるような事を考えて逆にモチベーションに変換するように努力しています。と言っても中々難しいですねw理想ということで。

流されない

群集心理、というものがあります。僕はこの群集心理がとても恐ろしいのです。はっきりと言葉には出来ませんが、皆が正しいと言うことでも、環境次第では自分にとっては正しくないかも知れません。たまたま今、原発の問題で色々な見解を目にしますが、理屈はどうあれ、どの意見も福島に実際に行って被災者の目の前で言えるのでしょうか。僕なら出来ません。

自分にとって分からないことなのに「みんなが言うから正しい」という考えが生まれるのはとても危険です。流されず、自分の環境を考えて冷静に行動したいですね。

戦わない

無駄な争いはしません。よく議論の中で見られますが、相手が勝ち負けを意識した議論(露骨に煽ったりするのも同様)をするようなら、僕にとっては議論にならないので「じゃあそれでいいです。」と言って避けるようにしています。

負けず嫌いの自己満足に付き合うほど良い人ではないです。

動物に助けてもらおう

落ち込んだら無垢な動物に助けてもらいます。幸い、Web上には愛くるしい動物の写真や動画が沢山あります。柴犬画像最高。みんな知らないうちに動物に助けてもらってるのかもしれませんね。という訳で落ち込んだら、らばQさんの動物カテゴリがオススメです。

強要しない

様々な事を他人に強要しないようにします。考え方や行動パターン、自分の常識を相手に強要するのはエゴでしか有りません。自分はこう思う、と主張するのは良いことですけど。

この記事の15の言葉ももちろん例外無く、誰にも押し付けていません。

自分の心が疲れた時に、紙に書きだす15の言葉 - かちびと.net (via ikb)

“誰かを嫌いになる暇があるほど人生は長くはない。”

(via mnky)

(kikuzuから)


ca-tsuka:

Unused image-boards for Fushigi no umi no Nadia movie by Tatsuyuki Tanaka (Cannabis Works).

(vin-ageから)


“アメリカも、中流以下は、世界標準の貧しさだし。貧しい人々がようするに世界の人々。” finalvent on Twitter (via ginzuna)

(kikuzuから)


coromegane:

2014/9/6
最近の筆記具業界は、こぞって太さのバリエーションを増やしにきているわけだが、その流れがついにこれを生み出してくれた。パイロットの名品、Dr.Gripの0.9mmシャープである。
何を隠そう、私は1990年代にDr.Gripが発売されたときからの大ファンである。
当時より「筆記具はぜったい太い方が疲れないのに、世の中にある鉛筆やらペンやらは細すぎる!」と不満を抱えていた私にとって、Dr.Gripの登場はまさに我が意を得たりという感じ。小学生にとって500円のシャープペンシルは高価なシロモノだったが、お小遣いを握りしめて買いに走ったのだった。
そんなわけで、出会った当初小学生だったという事情もあり、私にとってDr.Gripは未だにボールペンというよりもシャープペンシルのイメージが強いのである。
初代Dr.Gripはかなり愛用して、受験勉強でもずっとお世話になったし、絵もいっぱい描いた。しかし、大人になるに従ってメモ用途はボールペンにとってかわられ、絵を描くときに使うシャープペンシルは0.5mmだと細すぎると感じるようになってきたために製図用へと移行して、次第に使わなくなってしまったのだ。
しかし!しかしである。ここにきて0.9mm芯が登場してくるというまさかの展開。大げさかもしれないが、私にとっては20年越しの恋が叶ったような状況である。
さっそく買い求めて、この軸をにぎにぎしているとよみがえってくる安心感。芯の太さを優先して製図用のシャープペンシルを使ってはいたものの、ペン軸の細さに対して実は潜在的に不満を抱いていたのだとしみじみ思い知らされる。
願わくば、人生でいちばん絵を描いていた腐女子時代に出会いたかったが、それは過ぎたる望みというものだろう。生きている間に巡り会うことのできた幸せに感謝しつつ、太軸&太芯での描き心地を存分に楽しもうと思うのである。パイロットさん、ありがとう。

coromegane:

2014/9/6

最近の筆記具業界は、こぞって太さのバリエーションを増やしにきているわけだが、その流れがついにこれを生み出してくれた。パイロットの名品、Dr.Gripの0.9mmシャープである。

何を隠そう、私は1990年代にDr.Gripが発売されたときからの大ファンである。

当時より「筆記具はぜったい太い方が疲れないのに、世の中にある鉛筆やらペンやらは細すぎる!」と不満を抱えていた私にとって、Dr.Gripの登場はまさに我が意を得たりという感じ。小学生にとって500円のシャープペンシルは高価なシロモノだったが、お小遣いを握りしめて買いに走ったのだった。

そんなわけで、出会った当初小学生だったという事情もあり、私にとってDr.Gripは未だにボールペンというよりもシャープペンシルのイメージが強いのである。

初代Dr.Gripはかなり愛用して、受験勉強でもずっとお世話になったし、絵もいっぱい描いた。しかし、大人になるに従ってメモ用途はボールペンにとってかわられ、絵を描くときに使うシャープペンシルは0.5mmだと細すぎると感じるようになってきたために製図用へと移行して、次第に使わなくなってしまったのだ。

しかし!しかしである。ここにきて0.9mm芯が登場してくるというまさかの展開。大げさかもしれないが、私にとっては20年越しの恋が叶ったような状況である。

さっそく買い求めて、この軸をにぎにぎしているとよみがえってくる安心感。芯の太さを優先して製図用のシャープペンシルを使ってはいたものの、ペン軸の細さに対して実は潜在的に不満を抱いていたのだとしみじみ思い知らされる。

願わくば、人生でいちばん絵を描いていた腐女子時代に出会いたかったが、それは過ぎたる望みというものだろう。生きている間に巡り会うことのできた幸せに感謝しつつ、太軸&太芯での描き心地を存分に楽しもうと思うのである。パイロットさん、ありがとう。

(dojiahol735から)






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